『あなたがとても大切』
その気持ちを伝えるために、花を贈る事を世界で最初に思いついた人。それが一体誰なのかは知らないけれど、きっと心の美しい人だったのだろうと思う。
それは、無垢での行為。
今、私の周囲には1人だけ、私にいつも花を贈ってくれる人がいる。
それは私の一番下の娘、今年4歳になる。
特別なこと
小さな子どもは基本的に外の風と空気と、そこにある草や花が大好きだ。
娘も御多分に漏れず外遊びが大好きで、外に出ると歩道の片隅に咲く花、たとえばシロツメクサとかタンポポとかハルジオン、そういう野の花をひとつずつ摘んでは、小さな花束を作りながら歩く。
一番好きな花は多分、タンポポの綿毛。
実のところ、ママはあれが家に持ち込まれると少し困るのだけど、娘はあの白いフワフワが大好きで、目についたそれを摘んで、全部家に持って帰って来てしまう。
「ママ、ハイ、ドーゾ!」
日曜日、娘の父親である私の夫と自宅の周囲をぐるりと散策して、目に付いた全部のタンポポの綿毛を摘む。そしてそれを、家に飾って頂戴と、タンポポの綿毛の花束を手渡してくれた娘の洋服は、家に上がる前からもう綿毛だらけ。
廊下を歩けば、洋服についたタンポポの綿毛が今度は廊下にふわふわと落ちる。もしウチの廊下が野原だったら、そう遠くない時期に立派なタンポポ畑が出来上がってしまう。
でも私が娘に
「タンポポの綿毛はお部屋に散らかるから、これは止めてくれへんかな」
そう言えないのは、このタンポポの花束が娘にとって大切な誰かへの、この場合私への贈り物だからだ。
「ママハイ、ドーゾ!」
あの言葉のすぐ後ろに
「ママ、ダーイスキ」
をセットにして渡されるタンポポを私は、流石にちょっと断ることができない。例えその後、結構時間をかけて掃除機をかける羽目になっても。
だから私はいつもこれ以上床に綿毛が散らないように、そっとそれを受け取り、小さなガラス瓶にタンポポの綿毛の花束を飾る。
この子と、この子の姉と兄が部屋をバタバタと走る時に起こるわずかな風だけで、その綿毛を散らしてしまうタンポポの花束は、夜になる頃にはすっかり丸坊主になってしまうし、綿毛のアクセントのつもりなのか数本添えられた黄色いタンポポの花は、日の光が当たらない室内ではたちまちしぼんでしおれてしまう。
でも娘の『ママへの贈りもの』は、娘が次の贈り物の花束を摘んで来る日までずっと、キッチンのカウンターの上に飾られている。
『大切』を贈る
ところで、この野の花の花束を私に贈ってくれる娘は、北陸にある私の実家に今まで一度も行ったことが無い。
先天性の心臓疾患を持って生まれている娘は、生まれた時からずっと、今も長い心臓の治療の過程の中、生活するために定期的な入院と、たまの手術と、毎日の自宅での医療機器のケアが欠かせない。
だから、おばあちゃんの家でお正月を過ごそうとか、ちょっと夏休み泊まりに行こうとか、そういう事ができないまま、今、もうじき4歳になろうとしている。
いつか、もうすこし身体が良くなって、それで大きな医療機器を持ち歩かなくてよくなったら、おばあちゃんの家にお泊りに家に行こうね、そう言いながらいつか来るその日を辛抱強く待っている。
だから今、娘が母と直接会えるのは、母の方から関西の私の家に来てくれる時だけ。
それもここ2年程は、その母も“ちょっと思いついたからフラリと孫に会いに来る”、そんな事をするのが難しい世の中になってしまった。お陰で娘が母、おばあちゃんの体に直接触れて一緒に遊んだ記憶は、互いにとって随分前の思い出になってしまっている。
それでも娘は母が大好きだ。
少し前、娘が大きな手術を終えたすぐ後の頃。治療の大きな山を乗り越えた孫を労うために、特急と新幹線を乗り継いで5時間かけて関西に来てくれた母と外を散歩をした時も、娘は張り切って母のために沢山アカツメ草を摘んで持って帰ってきていた。
その時の娘は、今よりもっとたどたどしい言葉で“とても楽しかった”と言い、その素朴な赤い花は私に贈られたタンポポ同様、我が家のキッチンカウンターに長く飾られていた。
娘とってアカツメクサは『おばあちゃんの花』らしい。
今日もまだ少し日差しの強くない涼しい午前中、少しの間だけ私と散歩に出かけた娘はアカツメクサがいくつも咲く草むらを見つけてそこに飛び込み、一本一本、と言っても小さな子のする事だから、きれいに手折ることが出来できなくて、ひとつは花を引きちぎり、ひとつは無理に引っ張って根っこから抜き、とにかくたくさんたくさん摘んでそれを
「バァバニアゲヨッカ!」
そう言った。それは、
『おばあちゃんにお花を贈ろうよ』
という意味だ。
でも娘が両手に握った茎の長さのバラバラなアカツメクサは、もし本当に郵送したりすれば手元に着く頃には完全にしおれてしまうだろうし、そもそも雑草を贈るのもどうかなと思った私は、その花を写真に撮って母に送った。
「大好きなばぁばへ、だそうです」
娘は大切な人に、その人に相応しいと思った花を贈る。それは大体いつも野に咲くごく小さな花だけれど、それが彼女の『大切』の証らしい。
人は、こんな小さいうちから大切な人へ『大切』の気持ちを乗せて花を贈る。
それはきっと人だけができる、とても素敵な事だ。
今、幼稚園に行きはじめて始めて、世の中には暦というものがあり、そして暦の中には沢山の記念日がある事を知った娘に、9月の敬老の日には、娘が選んだきれいなお花をばぁばに贈ろうと提案しみようと思う。
誰かにあなたの大切を伝える、機会と方法は結構沢山あるんだよ、と。
編:小嶋らんだ悠香
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