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実は奥深い「桜の世界」
~お花見がグッと
楽しくなる豆知識〜

春といえば桜の季節。桜には実は非常に多くの種類があり、それぞれ奥深い個性を持っていることをご存知でしょうか?

また「桜の下を歩くと気が狂う」という噂が立った所以や、桜をテーマにした歌のほとんどが平成以降に作られている理由など、桜には思わず感心してしまう面白いお話がたくさんあるのです。

そこで今回は森林総合研究所の勝木 俊雄先生に、桜の種類や桜の豆知識などについて教えていただきました。

今回教えてくれた先生

勝木 俊雄 先生

勝木 俊雄 先生

国立研究開発法人 森林総合研究所・整備機構 森林総合研究所 九州支所 地域研究監。専門は樹木学、植物分類学、森林生態学。東京大学大学院農学系研究科修士課程修了。博士(農学)。著書に『生きもの出会い図鑑 日本の桜』(学研教育出版、2014年)、『桜』(岩波新書、2015年)、『桜の科学』(サイエンス・アイ新書、2018年)など。

※以下内容は、勝木先生のインタビューをもとに、編集チームが執筆したコンテンツです。

【桜のトリビア】桜にまつわる面白い噂

日本人にとって馴染み深い花である桜。だからこそ、みなさんも桜にまつわるいろいろな噂を聞いたことがあるのでは? 勝木先生に、そんな桜の噂のウソ・ホントについて、教えていただきました。

● 桜の噂①桜の実が猛毒ってホント?

本当です。

オオシマサクラなど、食用ではない桜の未熟な実には「アミグダリン」や「プルナシン」という青酸配糖体が含まれており、分解する過程で猛毒の青酸を発生させます。そのため、桜の実を生食する際は注意が必要です。

とはいえ、成熟した果実の果肉にはこれらの成分はほとんど残っていないので、少量を食べたところで健康被害を受けることはまずないでしょう。また、果実のサクランボはセイヨウミザクラという桜の果実ですが、これにも毒はありません。

このほか、桜餅を包んでいる桜の葉にはクマリンという物質が含まれており、大量に摂取すると健康被害があるとされています。しかし、1〜2枚食べる分には問題ありません。

● 桜の噂②東京から桜が消えるかもしれないってホント?

本当です。

近年の気候変動に伴う気温上昇は、樹木の生育にも影響を与えています。現在全国にたくさん植えられている’染井吉野’は、暖かすぎる環境では生育できません。’染井吉野’が生育できる現在の南限は種子島・屋久島付近ですが、すでに大隈半島の南部でも年によっては正常に開花しない現象も起きているのです。

このまま気温が上昇すれば、いずれ東京でも‘染井吉野’が開花しなくなる日が来ることも考えられます。

※大隈半島:日本列島の九州南部にある半島で、本土最南端の岬・佐多岬がある。

● 桜の噂③満開の桜の下を歩くと気が狂うってホント?

嘘です。

こう言われるようになった理由は、桜の花粉に「エフェドリン」という交感神経を興奮させる作用のある成分が含まれているという噂が流れたためです。しかし、桜にエフェドリンが含まれるという事実はありません。

この噂のきっかけは、とある小説に『桜の花粉にエフェドリンが含まれる』というセリフがあり、それを信じた読者がネットに書き込んだことだと考えられます。

それにたとえ桜にエフェドリンが含まれていたとしても、桜は虫媒花のため花粉は周囲にしか飛散しません。そのため桜の下を歩いている人間には影響を及ぼすことはないでしょう。

とはいえ桜が咲いている場では、その美しさに気分が高揚することはあります。それが「気が狂った」と表現されることもあるかもしれませんね。

● 桜の噂④桜は薔薇の仲間ってホント?

本当です。

サクラは、バラ科サクラ属に分類されます。バラ科にはほかに、バラ属やキイチゴ属など、世界で約130属3,400種、日本では37属250種があります。

植物分類学では、近縁なものを「属」・「科」とまとめるのですが、近縁のものは似たような形態を持っています。バラ科の場合は5枚の同じ形の花びらを有していることが共通項です。サクラはバラ科なので、同じ形の5枚の花びらを持っているというわけです。

【桜の種類】わんぱく者にスーパースター! 奥深い個性について

日本にもともとあったサクラの野生種は以下です。

  • エドヒガン
  • オオシマザクラ
  • ヤマザクラ
  • クマノザクラ
  • マメザクラ
  • チョウジザクラ
  • オオヤマザクラ
  • カスミザクラ
  • タカネザクラ
  • ミヤマザクラ

このほかに、人の手によって作られた栽培品種が多数ありますが、その数を正確に言うことはできません。

今回は数あるサクラの中から、特長的な種類や馴染み深い種類をピックアップしてご紹介します。

※以下で記載している「開花時期」は、関西地方・関東地方を基準にしています

※本記事内では一般的なお花の種類として呼ぶときは「桜」、植物の種類として呼ぶときは「サクラ」と表記分けをしております

● エドヒガンは「高級感」「希少」「お寺や神社にある大木」

エドヒガンは、野生種のひとつで、どちらかというと野山で見かけることが少ないサクラです。桜並木ではなく、お寺や神社などに大木が植えられていることが多いです。

大きく育ち、長寿となる個体も多く、巨木・古木として天然記念物に指定されているような桜はエドヒガンがほとんど。有名なのは、山梨県の実相寺の樹齢約2000年といわれているエドヒガン。この樹は山高神代桜と呼ばれています。

【開花時期】

3月下旬前後

【花の特長】

  • 花びらは小さく、白色から淡いピンク色
  • 花が咲く時期に、葉は伸びない
  • 開花時は花だけが見え、とても綺麗

● オオシマザクラは「野生化するわんぱく者」「花が大きい」

オオシマザクラも野生種のひとつ。関東の伊豆諸島を中心に分布していますが、現在は野生化が進んでおり、本州から九州までほぼ全域で野生化しています。桜の中では潮風に耐えられる強い種類であるため、海岸に咲いていることもあります。

【開花時期】

4月上旬から中旬

【花の特長】

  • 花の色は白
  • 花の大きさが他のサクラよりもひとまわりほど大きい
  • 開花時には、赤みのない緑色の若葉が伸びる

● ヤマザクラは「伝統」「日本人に昔から親しまれてきた花」

ヤマザクラはサクラの野生種のひとつ。西日本では、古くから最も親しまれている種類です。平安時代から江戸時代までは、桜といえばヤマザクラのことでした。

【開花時期】

3月下旬から4月上旬

【花の特長】

  • 花の色は基本的に白色
  • 開花時に赤い若葉が伸びる

● カスミザクラは「地味」「可憐」「ちょっと遅れてひっそり咲く」

カスミザクラはサクラの野生種のひとつです。見た目がヤマザクラと似ているため、長らくヤマザクラと同じ種類だと思われており、日本においてはここ40〜50年でようやく区別されるようになりました。

可憐な花を咲かせますが、開花時期がお花見シーズンより遅いせいでお花見の対象から外されてしまいがちな、少し不運な桜です。

【開花時期】

4月中旬から下旬

【花の特長】

  • 花の色は白〜ピンク色
  • 開花時に緑褐色の若葉が伸びる

● クマノザクラは「ひっそり可愛い」「今までずっと隠れていた」

クマノザクラは野生種のひとつ。和歌山県の熊野地方・奈良県の吉野地方・三重県の熊野地方に分布しています。長らくヤマザクラと混同されており、学名が発表されたのは2018年と、最近の出来事です。

【開花時期】

3月中旬から下旬

【花の特長】

  • 花の色は薄いピンク色
  • 開花時に葉は伸びない
  • ヤマザクラと比べて葉が細くて小さく、花にある花序柄も短め

● ‘染井吉野’は「ポピュラー」「桜を特別な存在にした桜界のスター」

‘染井吉野’は、エドヒガンとオオシマザクラの雑種の栽培品種です。街中や学校などに植えられていることが多いので、目につきやすく、最もポピュラーな種類です。苗木が安く一年中手に入ることも、’染井吉野’が広まった理由のひとつと考えられます。

また、とても頑丈な種類で、他の桜と比べて環境が悪いところでもそれなりに育つという特長があります。

日本人にとって桜が「特別な花」になったのは、どこでも美しく咲き広がる‘染井吉野’のおかげとも言えるでしょう。

【開花時期】

3月下旬から4月上旬
なお現在、‘染井吉野’の開花時期は関東南部や九州北部などが最も早く、温暖化の影響で九州南部などでは遅れ始めています。

【花の特長】

  • 花の色は薄いピンク色で、開花時に葉は伸びない。これは、片方の親であるエドヒガンの特長
  • 花は大きめで成長が早い。これは、もう片方の親であるオオシマザクラの特長

※本記事内では栽培品種である‘染井吉野’の表記に、シングルクォーテーションをつけています

【桜の歴史】昔の桜は「特別な花」ではなかった

● 奈良時代、お花見といえば梅や桃だった

今はお花見といえば桜観賞を指しますが、奈良時代はそうではありませんでした。

例えば奈良時代には、「曲水の宴」という宮中における花見行事があったのですが、その際には、梅や桃などが用いられていました。

これは曲水の宴が中国由来の行事であるが故に、中国から伝来した梅や桃が用いられたからだと考えられます。

● 「お花見=桜」になったのは、平安時代以降

ところが平安時代の894年、中国との関係に変化が生じたことで、遣唐使が停止されました。同時期に、日本国内では源氏物語や枕草子を始め、日本独自の文化が発展していきました。

そのような流れの中で、宮中の花見行事に用いる花にも、中国由来の桃や梅だけでなく日本由来の桜が加わったのだと考えられています。

● 江戸時代中期以降、ヤマザクラが賛美されるように

その後、江戸時代中期になると、「国学」という学問の流布によって、「日本に昔から存在するものこそが至上」と捉える考えが広まっていきました。実はその象徴とされたのが、ヤマザクラだったのです。
この考えは江戸時代後期にかけてより醸成されていき、それと共に桜を賛美する風潮も強くなったと考えられます。

● 桜の地位が別格なものになったのは、明治に‘染井吉野’が広まってから

そして明治時代になると、桜がさらに特別な存在として認識されるようになります。

明治維新とともに、桜は東京を中心とした日本国家とイコールのイメージで語られるようになりました。なかでも‘染井吉野’は国家を象徴する存在とも言えるものでした。

ちなみに、「桜をテーマにしたポピュラー音楽」というのは非常にたくさんありますよね。しかし、これらのほとんどは平成に入ってから生まれたもので、昭和には桜をテーマにしたポピュラー音楽というのはほとんどないのです。

この理由は、戦後の日本人には、桜に付随する日本国家を象徴するイメージへのアレルギーがしばらく強かったからではないかと考えられます。

【新しいお花見】静かにゆっくり桜を見る……今の時代らしいお花見の形

最後に、今の時代にお花見を楽しむためのアイデアを勝木先生に聞いてみました。

「静かにゆっくりと桜の花を眺めるというお花見の仕方は、コロナの時代にはぴったりなのではないでしょうか。
昨今でも屋外で静かに歩く分には問題ないはずですので、今までとは異なる視点でお花見をしていただけるといいですね。

また名所には必ずと言っていいほど桜が植えられていますよね。人が苗木をつくって、人が植えて育てている……その営みがずっと続いているんだということを想像して見てもらうのも面白いのかなと思います。」

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