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  3. 結婚は自由を奪うと思っていたー夏生さえりさんのいい夫婦の日エッセイ

結婚は自由を奪うと思っていた

結婚は自由を奪うと思っていた

かつて独身だったころ。私は、ひたすら自由を愛していた。

夜中まで遊ぼうとも部屋が散らかろうとも、夕方まで眠ろうと不摂生な食事をしようと、突然スペインに行くことを決めようと、誰にもなにも言われない気ままな暮らしを贅沢だと考えて、自分の欲求にだけ向き合って生きていた。

「どうせ誰もなにも言わないし」と、住んでいたシェアハウスの8畳の個室は、収納棚に詰まった私の欲をすべてひっくり返して、そのうえでめちゃくちゃなダンスを一晩中踊ったあとのように散らかり放題。

どうせ(仮)の暮らしだ。その思いが、余計に部屋への愛を弱くしていた。部屋に花なんか飾ろうとも思わなかった。花は、水を替えなければすぐに枯れてしまうかよわい生き物だし、そんな生き物を部屋に携えてしまうと、そこに必ず帰らなければならなくなる。

どこに行くわけでもないのにパスポートをいつもカバンに入れて、お守りのように握っては「今すぐにだって、私はここを飛び立てる」と唱えつづけた。私を縛るものはなにも要らない。花も、素敵な部屋も、気に入りの家具も、恋人も。大事なものが増えると、人の足取りは重くなるから−−。

それほどまでに、深刻に自由を欲していたというのに。

夫と出会い、結婚をして、まもなく3年が経とうとしている。風がたっぷり入る家、すこし奮発して買ったインテリアたち、そして犬、子ども。部屋にはほとんど切らさないように花を飾りつづけ、パスポートは旧姓のままで更新もしていない。

「いつだってどこにでもいける」どころか、「授乳のためにあと15分以内に家に着かなければ!」と焦っているし、長時間家をあけるには犬を預けるドッグホテルの予約が必要。「明日は、仕事をしにカフェに行ってきてもいい?」と夫に予定の共有をしてからじゃないと、簡単に出かけることもできない。

でも不思議と、結婚によって自由を失ったとは感じない。むしろ世界がどんどん膨らんでいく感覚があって、ひとりで生きていたときよりもずっと豊かになった。

「好き」が増えていく暮らしへ

「そろそろ帰るね。今日、お土産あるよ」。

子どもと犬の世話で、体力がじゅわじゅわと蒸発していくような感覚で過ごしているときに来る、夫からのLINE。夫はよく私にお土産を買ってきてくれる。たとえば好きと言ったグミ、たまたま見つけたフルーツサンド、そして花。

夫は私と付き合ってから『デルフィニウム』や『ダリア』を覚え、「花の贈り物っていいよね。相手を思い描きながら花の種類や、色味を選ぶのも楽しいし」なんて言うようにもなった。

私も、出かけるとお土産を買う。ラムネのお菓子、こんがり焼けたカヌレ、ドーナツ、そしてパン……。もう疲れて一歩も歩けない、とにかく急いで帰宅しようと足早に歩いているときでさえ、道路の向かい側に夫の好きそうなものを見つけると、元気がめきめき湧いてくる。

ずんずん歩いて、袋を抱え、「お土産あるよ」とLINEを打っているときには疲れも幾分消えているほど。私は夫と付き合ってから『カヌレ』の美味しさを知って、自分で焼くほどにもなった。

知らなかったものを知り、行ったことのない場所に行き、あたらしい歌を口ずさむ、「好き」が増えていく暮らし。たとえ夫に腹をたてる夜があっても、些細な言い合いから発展した話し合いで寝不足になる朝があっても、ともに生きる豊かさが常に横たわっている。

それらをしっかり味わえているうちは、きっと私たちは“いい夫婦”でいられる、と思う。

一緒にいるからこそ、得た自由

「ねえ、あなたにとって“いい夫婦”ってどんなもの?」。

夫にも聞くと「さあ?」とそっけない返答があって、やや沈黙が流れた。でも私は知っている。この沈黙は、彼が何かを考えているときに生まれるもの。じっと顔を見つめて待っていると、やっぱり続きがあった。

「人によって色々と定義はあると思うけど……、ふたりでいることで、より自由になれる夫婦はいいなと思う。結婚すると自由がなくなるのではと恐れる人もいるけど、ひとりより自由になれることもあると思うんだよ。

支えてくれる人がいるから安心して挑戦できたり、ふたりでいるからこその新しい体験ができたり。

たとえば俺は、ひとりだったころは犬を飼おうなんて思いもしなかった。でも、さえりが『犬を飼いたい』と言って、初めてその選択肢が芽生えて。結果、犬との暮らしは、想像を超えるほどに楽しくて面白い。いままで全く知らなかった犬との暮らしを日々味わって、犬を飼わなければ行かない場所に一緒に出かけて……。

これって “ふたりでいることで、あたらしい選択肢を手にして、自由になった”と言えると思う。誰にも文句をいわれずに、好き勝手することだけが自由じゃなくてさ、自由の形もいろいろとあるんだと思うんだよ」。

たしかに、かつての私が愛していた自由はもうここには無い。だれかと一緒に生きることで、軽やかさを失ったのは事実。それでも「自由を失った」と感じないのは、夫がいうところの“あたらしい自由”を手にしたからなのだろう。

結婚をすることで、より自由になれる。それは、昔の私には思いもよらないことだった。

花瓶に水を注ぐと、昼の日差しが溶け出してあぶくが光った。届いたばかりの彩り豊かなガーベラたちを生けて、食卓に飾る。夫が、いい夫婦の日に合わせて選んでくれた花。

子が賑やかな声を出し、犬が私たちの靴下を咥えていたずらをしている。床に散らばっている子のおもちゃ、犬のおもちゃ、私たちの洗濯物。幸福の欠片が散らばる部屋の中で、夫と手を取り合ってダンスを踊るような日々。

その横で咲いている鮮やかで豊かなガーベラたちが、今の私にはとても似合うと思った。

夏生さえり
著者:夏生さえり
@N908Sa

ライター。出版社・Webの編集者経験を経て、ライターとして独立。取材・エッセイ・シナリオ・脚本・コピーライティング等、活動は多岐にわたる。CHOCOLATE Inc.でのプランナーも務めている。著書に『揺れる心の真ん中で(幻冬舎)』他。

編:小嶋らんだ悠香

”二人の自由”の記念日に、お花の温かな祝福を

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