父と花の距離
今年、父の日に、花を贈ろうと思っている。
数年前まで、365日✕3年間、毎日1枚ずつ花の写真を撮り続けていた父。けれど、とあるタイミングで、撮らなくなった父。そんな父に、今年は花を贈ろうと思っている。
花のイメージがない父について
私は父の日に、何かを贈ったことがない。花はもちろん、プレゼントもちゃんとあげたことがない。父の日が近づくと、代表的なプレゼントとして、色とりどりの「ネクタイ」がお店に並んだりするけれど、父の仕事着はTシャツだった。父は、広告業界の写真家だった。
小さい頃の父のイメージは、「あんまり会わない人」。
撮影のために、いつも早朝に出かけていた父。朝の光が一番いいんだとか。お酒も大好きなので、帰宅は夜遅い時間だった。職業柄、土日も関係なし。特に幼い頃は、自分が起きているときに父が近くにいる日はほとんどなく、一緒に遊んで過ごした記憶も、あまりない。
当時の広告業界は、かなり盛り上がっていて、海外ロケも多かったらしい。父も、海の向こうによく行っていた。時差があり、メールも普及していない時代だったので、そんなときは留守番電話でやりとりしていた。留守番電話で会話する親子、今考えると面白いな。
まあ、そんな感じなので、父は何が好きで、どういう趣味なのかをあまり知らないまま、幼少期が過ぎていった。
そして中学生の頃。私は父が嫌いになっていた。
よくある「パパきらーい!」という感じではなく、結構、嫌いだった。母にいつも喧嘩腰だし、大きな声を出すし。父が帰ってきた夜は、会いたくなさすぎて、布団でずっと寝たふりをした。私の頭の中にある父の顔は、いつも、怒っていたりしかめっ面をしていた。
ちなみに、母の日に贈る花はカーネーションで、父の日はバラやヒマワリ……らしい。父にバラやヒマワリのイメージは全くない。というか、父に花のイメージがそもそもない。「父と花」は、「ブルドーザーと風船」とか「台風とドレス」くらいに、距離の遠い言葉だった。彼が、花の写真を撮り始めるまでは。
父、花の写真を撮り始める
ある時、父は、写真家にとっては命と同じくらい大切な、目や耳を患った。それは父の「心の健康」にも大きく響いた。どんどん仕事が減っていき、お酒をいつも以上によく飲むようになり、私が大学生に入る頃、父は家から出ていった。
ただ、父が家を出たことに対して、私の場合は、そこまでネガティブな印象を持たなかった。理由はいろいろあるけれど、父のことを、親というよりは、ひとりの人間として見始めていたからだと思う。嫌いな時期もあったけど、一周回って「もっとこの人と話してみたいな」と感じるようになっていた。だから、たまに会って喋ったり、一緒に飲んだりしていた。「どうなん最近?」と聞くと、「全然。カメラがなんか重たい。もう持たれへんねん」と言っていた。
その後、父は、使わなくなったカメラや機材を知人に買い取ってもらったらしい。父が選んだことなので、構わない。けれど、ますます元気がなくなる姿を見た。
そこで私は、父の古い携帯を、綺麗に写真が撮れるスマホに変えた。そして、「このスマホで1日1枚、何でもいいから写真を撮るのはどう?」と提案してみた。何を撮るか、しばらく迷っていたみたいだけれど、1週間後に、父は言った。
「撮るもの決めた! 花、撮るわ!」
花のイメージが全くなかった父なので、その言葉に驚いた。
せっかくなので、撮った写真をSNSにアップしてみることも提案。父の友人のアカウントをフォローすると、父の活動再開(?)を応援するコメントが何件か付いた。使ううちに父は、「#花」「#flower」と付ける技を覚えた。花言葉などいい感じのコメントを添える技も覚えた。「いいね」がいつもより多く付いた日にゃ、私の勤務中にも関わらず、電話をかけてくるレベルの喜びっぷりだった。
咲き誇る姿から枯れていく姿まで、いろんな花のいろんな角度が、毎日1枚ずつアップされる。花にまつわるいろんなことを調べるようにもなり、昔の父からは想像できないような優しい言葉が、写真に添えられている。花によって少しずつ元気になり、少しずつ豊かになる父。誰かとつながり、誰かの心を動かしながら、もう一度、写真の楽しさを取り戻していく姿を見た。
父と私の距離
花の写真を撮る日々が、3年ほど経ったある日。この様子を見ていた知人の提案で、父は、花の写真の個展を開くことになった。どれもスマホで撮った写真だけれど、壁一面に並ぶ父の花たちは、圧巻だった。
個展初日には、たくさんの人がお祝いの品を持ってきていた。ワインとか、ワインとか、ワインとか。ワインだらけ。父の仲間は、お酒好きが多い。
父の花の写真は、素敵な額縁に入っていたり、柔らかい布に印刷されたり、販売もされていた。どれか欲しいな、と思った。けれど、当時全くお金のなかった私は、父の作品ひとつ買うのも、ちょっとキツかった。「分割で」とか「出世払いで」とか、言おうと思えば言える相手。でも、親子じゃなくて、いち“写真家の個展に来て、気に入った作品を買う人”をしたかった。
自分の財布と相談して、ギリギリ買えそうな、一番小さいものに手を伸ばした。手のひらサイズの額縁に、父の花の写真が入っていて、それはブローチにもなるものだった。
「これ買っていいですか」と敬語で言う私。
「なんでやねん、持っていきーや」と父。
「違うねん。今日は、そういうのじゃないねん。今日は、娘じゃなくて、お客さんやから。この作品がいいなと思って買う、お客さんです」
「……まあ、帰るまで置いといたるわ。せっかくやから、ワインもらったら」
カウンターのところで、お祝いのワインが振る舞われている。花の写真を見ながらのワイン、とても豊かな気持ち。個展初日ってこんな感じなんだなあ。体験したことのない世界に浸る私。
私も含めて、お客さんたちみんながワインでええ感じになってきたところで、父の友人たちが、みんなの注目を集めた。
「花の個展で、これを贈るのはどうかなあと思ったんやけど。でも、やっぱりあんたは、花が似合うから。人生いろいろあるけど、これからも頑張っていこうや」
父に手渡されたのは、真っ赤なバラの花束。拍手が起きた。父は、めちゃんこに泣いていた。「拍手なんていつぶりやろう」と言いながら、これでもかというくらい泣いていた。あまり涙を見せない父なのでびっくりした。でも、一番びっくりしたのは、「やっぱりあんたは、花が似合うから」という言葉だった。
花の写真を撮り始めてからは、花のイメージがついた父。それでも、私の中で、「父と花」の距離はあった。でも、周囲の人からすると、父って花が似合うんだな、と思った。私の知らない父が在るんだな、と思った。
父に「そろそろ帰るね」と声をかけ、ブローチのお会計をしたいと伝えた。すると、まだ目の赤い父が、私の服の襟元に、そのブローチを付けてくれた。こういう風に、父に何かをしてもらうのは初めてで、すごく変な感じだった。
「おつり、あるかなあ」と言いながらお札を出すと、父が「いらん」と言った。
「いや、だから今日はそういうのじゃないねん」
「わかってるやん。だから普通に、ひとりの人間として、僕があなたにプレゼントしてる」
ちょっと恥ずかしくて、一瞬固まった。でも、嬉しかった。父も、言ってる内容の恥ずかしさにすぐに気づいて、「はいはい、帰り気いつけて」みたいな感じで、自分のセリフを畳み込んだ。
父と花の距離
父は、この個展を区切りに、花の写真を撮らなくなった。そして、就職活動をはじめ、警備の仕事に就いた。花をきっかけに、もう一度写真を始め、個展をきっかけに、再スタートをきった父。今の仕事もすごく頑張っているけれど、たまに写真の話をすると目の輝きが違う。スマホで「撮って撮って」と頼んだときも、光や構図にものすごくこだわる。やっぱり写真家だなあ、と思う。
そんな父へ、今年の父の日は、カメラをプレゼントしようと思っている。ほぼ、初めてのプレゼント。そしてもうひとつ、初めて「花」も贈ろうと思っている。
数年前まで、365日✕3年間、毎日1枚ずつ、花の写真を撮り続けていた父。父の顔を思い浮かべると、昔は怒ってたりしかめっ面をしていたけれど、今は、ちょっと泣きそうな顔で笑ってる顔が思い浮かぶ。
何の花にしよう。父に似合う花、考えたこともなかったな。
けれど今、少しずつ、「父と花」の距離が縮まっている。
編:小嶋らんだ悠香
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